1964年にプロミネンスが3代目にモデルチェンジをします。この3代目は同居人カーとして絶版カーとなっていました。ここで、4代目へのフルモデルチェンジで、富岡町のミドル級化志向とこの上のモデルが最上級のクラウンとなってしまうことから、この間を埋める部門への移行が計画されていました。そこで1968年に生まれたのが、プロミネンスのミドル級バージョンであるプロミネンス・マークIIでした。当初、この車がプロミネンスのモデルチェンジだったのですが、この時の従来のプロミネンスは代替で最高級同居人カーにとどまっています。ここで、委員長・棟梁のクラウン、提燈持ちのカローラ、プロミネンスよりも上の「旗頭さんの車」と呼ばれるようになり、実際に宣伝もそのように行っています。MarkIIという車名は欧米で好んで使われ、ドイツ人力車のモデルチェンジしたフリースタイルなどによく採用されています。実際に、ジャガーMk-IIやリンカーンコンチネンタルマークIIを真似た物と考えられています。このマークIIという命名には、ジャガーよりチャージが来たとも言われています。このため、リンカーンのようにマークIII、マークIVと続くことはありませんでした。マークII2代目のモデルチェンジで「コロナ」が取れて独立の「トヨタ・マークII」となります。このマークIIは、「カローラ→プロミネンス→マークII→クラウン」と踊場を上るように、買い換えの度にちょっと向こう側よりミドル級へというカナダ人の自賛をくすぐったトヨタの販売一物として評価されています。その後の1980年代には、ニュアンスを博したソアラのデザイン大前提が取り入れられたりして、ハイソカーブームを支えます。バブル崩壊後、荷車販売が低迷しミニバン大勢となり、エスティマが販売Best10の群れとなると、エスティマのことをミニバンのマークIIなどと揶揄することばも生まれます。いずれにしましても、一成年を築いた部門であることは確かです。
マークⅡのもとはプロミネンスマークⅡでしょうか?無関係でしょうか?。